THE BEATLES(ザ・ビートルズ)の Get Back(ゲット・バック)プロジェクトが、2022年7月13日に無事に発売されたBlu-ray / DVD 3枚組によって完結した。皆さんはもう観ただろうか。内容に付いてはFacebookに書いたのでよかったら読んで下さい。
音楽的な感想はFacebookを読んでいただくとして、ここではブログの趣旨に沿った、このプロジェクトのデザインやアートディレクションについて書いてみたい。
Get Backプロジェクト
THE BEATLESのGet Backプロジェクトは、以下の3点から成る。
2021年10月15日発売:CD Let It Be(スペシャル・エディション)
2021年10月21日発売:書籍 Get Back
2022年 7月13日発売:映画 Get Back – Blu-ray / DVD
このプロジェクトを簡単に説明すると、大元のプロジェクトは1969年に始まった。THE BEATLESが観客を入れたテレビスタジオでライヴ演奏し、その模様を収録して特別番組として放送、その後音源としてレコード(仮タイトルは Get Back)を発売する予定であった。しかし紆余曲折がありプロジェクトは頓挫。1970年4月実質的にビートルズは解散。長時間収録したリハーサル音源を元として1970年5月8日にイギリスでTHE BEATLESのラスト・アルバム Let It Beを発売。そして大幅に予定と内容を変更して、リハーサルを収録した映像を編集し、1970年5月20日に映画 Let It Beとしてイギリスで公開。
以上1969年のプロジェクトを大幅にヴァージョンアップ・拡大したものが、今回2021年から2022年にかけて映像、音源、書籍として発売されたものである。
CD:Let It Be (スペシャル・エディション)
2021年10月15日発売。プロジェクト最初のリリースは音源集で、これだけは今回のプロジェクトとビジュアル面の関連はない。元になったTHE BEATLESのラスト・アルバムLet It Beのアートワークをリサイズ、リデザインしたもの。有名なジャケット・デザインなので多くの人が知っているだろう。オリジナルのデザイナーはJohn Kosh(ジョン・コッシュ)。1970年代多くのジャケット・デザインを担当した有名なデザイナーだ。KING CRIMSON2回目解散前の傑作アルバムRedでもデザインを担当している。両方に共通しているのは解散アルバムであり、メンバーの写真が遺影のように見える。Let It Beのジャケットは日本人の眼で見ると黒い額縁のようであり、より遺影を感じさせる。
書籍 :Get Back
2021年10月12日に日本発売。ここからが本題。
表1のタイトル文字は銀の箔押し。表紙はマットPP加工(つや消し)。銀色の花布(はなぎれ)。
そして今回のキービジュアルとして使われている鮮やかなグラデーション。書籍の表1、表4と表2、表3とその対向ページ(出版用語で「ちり」と「見返し」)に使われている。
鮮やかなグラデーションを背景にメンバーが演奏している姿がある。初めて見た時には背景とメンバー写真のコラージュだと思った。背景に使われている鮮やかな色数の多いグラデーションは近年の流行だからだ。テレビ、広告、WEBなどいろいろな場面で見る機会が多いだろう。
書籍の奥付にはアート・ディレクターとしてDarren Evansの名前がある。2000年代からジャケット・デザインを多く手掛けているイギリスの元EMI~ユニバーサルの社内デザイナーであり現在は独立。Apple関連のデザインが多い。
映画:Get Back のBlu-ray / DVD
2022年7月13日に日本発売。当初の予定よりも2回合計6ヶ月延期され、さらに海外盤に比べると倍の価格と散々な思いをしたが何とか無事に発売された。イギリス盤とデザインはおそらく同一だが、何故かサイズが日本盤の方が一回り大きい。Blu-rayでは、箱型の外ケースにBlu-rayディスクを収納する内ケースを入れる形態になっている。以下全て日本盤での仕様である。
外ケース
外ケースのデザインは、本来発売予定だったアルバムGet Back用に撮影された写真に、デビューアルバムPlease Please Meの写真をコラージュしている。この2枚のアルバムはベスト盤である、いわゆる赤盤・青盤のジャケットとしても使われている。
表面、背、裏面のバンド名とタイトル文字にはUV厚盛加工が施され文字が浮き上がっている。
内ケース
ディスクを収納する内ケースの外側はメンバーのモノクロ・スタジオ写真を全面に使用。開くとキービジュアルの鮮やかなグラデーションが現れる。モノクロとグラデーションの対比が美しい。3枚のディスクもそれぞれ紙製ケースに収められ、そのケースをさらに内ケースに収める。欧米のボックス物に多い装丁だが扱いにくい。何度もディスクを出し入れするには不都合な仕様だ。世界の流れに合わせ極力紙を素材として用いて、プラスティック製品を使わないようにしているのかもしれない。その傾向は欧米ほど大きいが、ユーザーの不便を考えたら私なら普通にプラスティックケースに収納するかもしれない。出し入れが少しでも面倒だと観る機会は確実に減る。音楽ファンの私だから実感することだ。
ここでディスクが紙製のケースに直接入っているのには理由がある。Blu-rayディスクに関しては読み取り面がとても繊細にできているため、CDまたはDVDの不織布に入れ長期間保管すると、不織布の凹凸がBlu-rayの記録面に転写されてしまう。Blu-ray用の不織布というものも販売されているが不安は残る。またレコード盤を収納する薄い半透明のビニールも長期間の保管により、盤面との間に化学反応が起き読み取りができなくなるという。これらはDVDやCDではあまり聞かないが、最近古いCDの盤面もプラスチックケースとの間に化学反応がおこりCD盤面が曇り、読み取りが不可能になると言われている。
以上の理由から特に繊細なBlu-rayディスクに関しては、紙製のケースにそのまま収納する仕様にしたものと思われる。
映画を見るとキービジュアルに使われている鮮やかなグラデーションが、実は1969年リハーサル撮影時、スタジオ背景の照明色なのが分かる。52年前に作られたグラデーションが偶然現在流行りの色と重なっていたのだった。1969年の色そのままではなく、色調整をして改めてグラデーションを作成しているのだが、大きな違いはない。書籍の表紙もよく見ると、メンバーや楽器の周辺が切り抜かれているので、背景を新しく作りその上に人物や楽器類の画像を載せたのだろう。
1969年当時はSummer of Loveも終わり、サイケデリックの時代も終焉を迎えていた時なので、当時このグラデーションの色は特段珍しいものでもない。これが分かった時に少し感動してしまった。時代は繰り返され、デザインのトレンドも繰り返す。また20年、30年前に流行ったデザインを当時体験していない世代を中心にレトロ・デザインとして盛り上がることはよくあるが、この場合はレトロ感覚とは違う。現在使われている流行りのグラデーションの色は、必ずしもレトロな場面に使われているのではなく、「今」のデザインとして使われていることに大きな違いがある。
Blu-rayにスタッフのクレジットはないが、おそらく書籍と同じアート・ディレクターDarren Evansの仕事だろう。1969年スタジオ・リハーサル撮影の素材画像を見て、このグラデーションを活かせば、そのままで今風のデザインで行けると思ったのであろう。
THE BEATLESファン以外は観ない方がいい
今回のGet Backプロジェクトは製品としても素晴らしいし、アートディレションも素晴らしい。そしてTHE BEATLESであれば7時間の苦行を超えて、最後のルーフトップ・コンサートによって感動するはずである。ただし数曲知っている程度の人は観ないほうがいい。単なるスタジオ内のメンバー同士の会話がずっと続き、しかも字幕の量が半端なく、切れ目なく続くので目を話すことができない。面白くもなんともないからだ。